暁之星塵
现在这边才是本家。胡言乱语没边儿鬼扯,偶尔丢半成品,更偶尔丢点文。
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作文
明天要交的……终于写好了赶紧抄到稿纸上QAQ
今思えば、夏休みというものもそんなに自由な時間ではなかった。
私は両親とも大学教員であることもあって、何らかの休みになればほとんどの時は両親の方が私より早めに休みに入り、私より遅く休みが明ける。他の子供たちは両親が仕事で出かける間、一人で留守番気分を満喫している時、私は大抵両親の監視の元で嫌々宿題をやっている。それでも毎回毎回休み明けの前日まで宿題が大量と残るのだから一体机の前で何やってたか当時の自分に聞きたい。
とはいえ、別に毎日勉強三昧というわけでもない。今こそオタクみたく毎日寮や部屋にこもってはいるが、かつての私とて活力抜群のアウトドア派だった。特に小学校の頃はそれはそれは元気なもので、友達と共に当時住んでた住宅区の公害になっていたのではないかと今になって疑うほどである。
特に印象深い出来事は、普通なら都市育ちの子供には乏しいはずの「果物を盗む」経験を二度も持っていることだろう。
私が小学五年生まで住んでた住宅区は、マンションではあるが一階の住宅には小さな庭が付いているという今の北京では想像しがたい作りだった。その庭は小さいにもかかわらず、住民たちの手によって植物が植えられたりとかなり綺麗に仕上げられていた。
そんな庭のなかに、伝統的な北京の文化の影響もあって、当然ザクロやひまわりなど、実が食用で花が綺麗な植物が植えてある庭もあるわけで。
とある夏休み中に私や友達が何をしたかというと、せっかく実って間もなく、やっと赤味を浴び始めたザクロの実をフェンスごしでもぎ取ったり。
ひまわりに至っては種が出来たばかりなのに、既に待ちきれず花ごとちぎりとってしまったのだった。そして手に入れた戦利品はたしか秘密基地に持っていってみんなでワイワイ分けあったはず。
今になって思い出せば恥ずかしいとしか言えないのだが、当時の仲間以外、まわりの人は意外にもそう言った経験がないそうで、私たちの話しを聞くときはいつもどこか羨ましげな顔でいた。
思い出してみれば、こんなことをいつも半日かそれ以上かけてしているのだからどうりで宿題が進まないわけだった。
そして必然的に夏休みの末にはみんな集まって勉強会……という名の宿題の写し合いを始めるのだった。
宿題を写し合うことが親たちにばれたら間違いなく叱られるので、いつもお互いの家ではなくマクドナルドやKFC、そして「Befor Time」という飲み放題屋さんでやっていた。その理由は親の目をよける以外に、そう言ったお店はクーラーがあることと、飲み放題屋さんはもちろん、マクドナルドやKFCのコーヒーは無限におかわりできることにある。
当時は自分たちの知恵に自慢していたものだったが、いつか休み明けにまたマクドナルドに寄った時、隅っこでコーヒー片手に机いっぱい宿題を広げている小学生、中学生や高校生たちを見て、この方法は自分たちの独特の発明ではなかったことに気づいた。
そして大学前の学生の夏休みはいつになってもこんなものか、と微かなデジャヴ感を覚えるのだった。
私は両親とも大学教員であることもあって、何らかの休みになればほとんどの時は両親の方が私より早めに休みに入り、私より遅く休みが明ける。他の子供たちは両親が仕事で出かける間、一人で留守番気分を満喫している時、私は大抵両親の監視の元で嫌々宿題をやっている。それでも毎回毎回休み明けの前日まで宿題が大量と残るのだから一体机の前で何やってたか当時の自分に聞きたい。
とはいえ、別に毎日勉強三昧というわけでもない。今こそオタクみたく毎日寮や部屋にこもってはいるが、かつての私とて活力抜群のアウトドア派だった。特に小学校の頃はそれはそれは元気なもので、友達と共に当時住んでた住宅区の公害になっていたのではないかと今になって疑うほどである。
特に印象深い出来事は、普通なら都市育ちの子供には乏しいはずの「果物を盗む」経験を二度も持っていることだろう。
私が小学五年生まで住んでた住宅区は、マンションではあるが一階の住宅には小さな庭が付いているという今の北京では想像しがたい作りだった。その庭は小さいにもかかわらず、住民たちの手によって植物が植えられたりとかなり綺麗に仕上げられていた。
そんな庭のなかに、伝統的な北京の文化の影響もあって、当然ザクロやひまわりなど、実が食用で花が綺麗な植物が植えてある庭もあるわけで。
とある夏休み中に私や友達が何をしたかというと、せっかく実って間もなく、やっと赤味を浴び始めたザクロの実をフェンスごしでもぎ取ったり。
ひまわりに至っては種が出来たばかりなのに、既に待ちきれず花ごとちぎりとってしまったのだった。そして手に入れた戦利品はたしか秘密基地に持っていってみんなでワイワイ分けあったはず。
今になって思い出せば恥ずかしいとしか言えないのだが、当時の仲間以外、まわりの人は意外にもそう言った経験がないそうで、私たちの話しを聞くときはいつもどこか羨ましげな顔でいた。
思い出してみれば、こんなことをいつも半日かそれ以上かけてしているのだからどうりで宿題が進まないわけだった。
そして必然的に夏休みの末にはみんな集まって勉強会……という名の宿題の写し合いを始めるのだった。
宿題を写し合うことが親たちにばれたら間違いなく叱られるので、いつもお互いの家ではなくマクドナルドやKFC、そして「Befor Time」という飲み放題屋さんでやっていた。その理由は親の目をよける以外に、そう言ったお店はクーラーがあることと、飲み放題屋さんはもちろん、マクドナルドやKFCのコーヒーは無限におかわりできることにある。
当時は自分たちの知恵に自慢していたものだったが、いつか休み明けにまたマクドナルドに寄った時、隅っこでコーヒー片手に机いっぱい宿題を広げている小学生、中学生や高校生たちを見て、この方法は自分たちの独特の発明ではなかったことに気づいた。
そして大学前の学生の夏休みはいつになってもこんなものか、と微かなデジャヴ感を覚えるのだった。
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